「黄金の追憶」 著:samurai様 



2001年12月20日 日本帝国 帝都東京 帝国陸軍・青海陸軍基地・青海埠頭





多数の揚陸艦、軽戦術機母艦が接岸していた。 埠頭には様々な搭載物資―――大は戦術機、戦車から、小はトイレットペーパーまで―――が、搭船の為の順番待ちをしている。
冬晴れの埠頭、海からの冬風が身を切る様に冷たい。 そう思うのは、自分も年を食ったと言う事か。 特にこの1年と少し、産休と育休でなまったのは認める所だ。
若い頃に駐留した満洲など、12月、1月は温かくてマイナス10℃、夜にはマイナス20℃にまで落ち込んだと言うのに。 もっとも、10年近く前の10代の頃と同じにはいかない。

「―――大隊長、部隊の機体搭船開始は1330時より。 搭船完了予定、1500時です」

「ん・・・判った。 それまで手持ち無沙汰もいけないね、搭船作業立会と補給物資搭載作業の監督、それと・・・整備と一緒に、艦内の機体固定確認、させときなさい」

若い副官の報告に、大隊長の伊達愛姫陸軍少佐が指示を出す。 どれもこれも、取り立てて戦術機甲部隊が立ち会う程の事では無い。
それでも指示を出したのは、少しでも忙しくさせておいた方が、部下の不安感を一時でも拭えるからだと判っているから。
大隊は、今年の7月の始めに新編制された部隊だった。 それから5ヶ月半ほどの間、訓練に訓練を重ねて技量の向上に努めて来た。
だが、まだまだ伊達少佐の満足のいくレベルには達していない。 大規模作戦の実戦経験者も、3人の中隊長を除けば、小隊長達で2〜3人居るだけだ。

「畳の上の水練、ですか。 確かに何もする事が無ければ、あれやこれやと想像してしまいますしね・・・」

副官の中尉は、伊達少佐から内々に作戦の概要を聞いていたから、他の大多数の大隊衛士達の様に、一体何の目的でこれ程の大兵力が集結しているのか・・・という不安は無い。
しかし中隊長や大隊CP将校以外、つまり他の衛士達や各中隊CP将校等は、その概要すら知らされていなかったのだ。 完全に情報統制を行った上での集結。

「嫌でも4日後には発動されるよ・・・それまで、いらぬ不安はさせたくないしね・・・」

結婚、妊娠、出産(最初と2番目は、順番が実は逆だったが・・・)、そして育児と。 92年春の大陸派兵以来の軍歴の中で、この1年と少しの時間は何物にも代え難い時間だった。
同時にブランクも感じていた。 現に以前の僚友たちが率いる大隊との模擬戦では、連戦連敗。 部隊の技量もさることながら、自身の部隊指揮の勘も随分鈍っていた。
内心でそんな不安を、大隊長が感じているとは部下達には悟られてはならない。 部隊士気はまず、指揮官から崩れるのだ。 それが戦場で起こったら、目も当てられない。

「・・・この間、田宮中尉が言っていましたよ。 『ウチの大隊長が、随分と手古摺らせるようになった、そう言っていた』と。 
来生中尉も・・・あそこの大隊長も、同じ事を言っていたそうです。 あの2個大隊からそう言わせれば、大隊の錬成はひとまず目標をクリアじゃないでしょうか?」

副官としては、大隊長の心配を和らげたい、そう思っての言葉だったのだろうが・・・伊達少佐にしてみれば、腹立たしい事、この上ない。
田宮中尉と言えば、第15師団第152戦術機甲大隊副官の、田宮綾子中尉。 来生中尉と言えば、同じ連隊の第151戦術機甲大隊副官の、来生しのぶ中尉。
第152戦術機甲大隊長は自分の夫だし、第151戦術機甲大隊長は同期生で、昔からの親友と言える男だった。 その2人から、まるで講評されるが如くに・・・

「・・・えっらそうに。 昔はドングリの背比べだったじゃんか・・・」

ボソリと呟いた愚痴は、幸いにも副官には聞かれなかった様だ。 愚痴っても仕方が無い。 自分が休職中、あの2人はシベリアにマレー半島と、激戦を演じて来たのだから。

「ま、ウチはウチで、やれる事をやるよ・・・って、あれ、何?」

「何、とは? ・・・見ての通り、斯衛軍ですが・・・?」

「そんなの、見れば判るわよ。 私が言っているのは、どうして斯衛がここに居るのかって事よ」

「・・・作戦参加の為、ではないでしょうか?」

「斯衛で参加するのは、確か斯衛第16大隊だけの筈よ、『武御雷』装備のね。 あの機体、『瑞鶴』じゃない、16大隊じゃないわよ?」

日本帝国陸海軍、そして国連太平洋方面軍の約半数の大兵力を投入する予定の、今回の作戦。 それこそ国内の総予備を総ざらいして、かつ、各防衛線からも戦力を抽出している。
しかし確か、兵站の関係上で斯衛軍は、1個戦術機甲大隊が参加するだけの筈・・・それもこれも、この一大作戦に参加した、という面子を立てる為に。

「・・・国防相と城内省とで、ひと悶着あったそうですねぇ?」

「推進剤や弾薬の共有は可能だけれど、整備部品は全く互換性が無いからね。 その分、帝国軍の兵站線に要らぬ負荷がかかる、ってね」

本来ならば、斯衛軍(1個師団相当)の手も借りたい所だが、独自兵站を確立している組織との間では、戦場で兵站が混乱するのは目に見えている。
それに果たして、斯衛部隊が素直に戦場で陸軍の命令に従うかどうかも、微妙な所だ。 先だってのあの『事件』以降、軍部、特に陸軍と斯衛軍の間は良く言って国内冷戦状態だ。

「上で、何か妥協でも有ったのかな・・・ん?」

ふと、斯衛部隊を何気なしに見ていた伊達少佐が、ある人物の姿を見て小首を傾げた。 余りに場違いな姿。 いや、斯衛の赤の軍装を身に纏っているのはおかしくない。
これから最前線へ向かおうと言うのに、あのダラリと無駄に長い、装飾過剰な斯衛軍第1種軍装を着用しているのも何だと思うが、他に軍服が無いので仕方が無い。
伊達少佐が違和感を覚えたのは、その人物の後ろ姿だった―――日本人では有り得ない、見事な金髪のロングウェーブ。 斯衛で、と言う事は、武家で金髪・・・1人しかいない。

「・・・新田少佐? 新田冬華斯衛少佐?」

その声に振り返った斯衛軍指揮官―――斯衛少佐だった、間違い無く色は赤。 色素の薄い琥珀色の瞳が、しばし不審の色を湛える。 が、それも直ぐに氷解したようだ。

「―――伊達愛姫。 伊達愛姫陸軍少佐。 久しいですわね、斯様な所で再会するとは」

長身に琥珀色の瞳、見事なまでの豪奢な長い金髪。 それでいてどこかしら、日本的な美しさも兼ね備えた斯衛指揮官。 自分より2歳年長だったから、今年29歳の筈・・・

(―――化け物か、この女は・・・どう見ても、20代半ばの肌の張りじゃないさ! 世の中、不公平だよ!)

内心で伊達少佐が自分勝手な、しかし女性として誠に切実な愚痴をこぼす。 特に子供を産んで以来、プロポーションの維持に四苦八苦している現状では・・・
しかしそんな事はおくびにも表情に出さず、勤めて友好的に再会を喜ぶ。 果たして喜んでいいのかどうか、ちょっと不安な相手ではあったのだが。
上官の様子で察したのか、若いながら『出来た』副官はその場を外した―――『進捗状況を確認して来ます』と言って。 進捗も何も、まだ搭船作業は始まっていない。

「・・・愛姫、貴女がここに居ると言う事は、やはり『甲21号』に・・・?」

「それ以外、どんな理由が? 私の大隊は第39師団の第391戦術機甲連隊、本土防衛軍総予備の第16軍団のね。 今回の作戦、ウィスキー(西部方面部隊)の上陸第3陣よ」

第39師団は、今年の春に欧州から帰還した、遣欧旅団を組み込んで再編成された。 1個戦術機甲連隊(3個大隊基幹)を主力とする乙編成戦術機甲師団に再編されたのだ。
その後、国内総予備として訓練を重ね、時折は新潟や九州の防衛線への『増援』として実戦経験を積み重ねて来た。 小さな戦闘でも、何より場馴れが必要だったからだ。
遣欧旅団経験者が過半数を占める故に、新編師団とは思えない程の練度を有する師団だった。 師団の他の2個戦術機大隊は、遣欧旅団経験者で占められる。
しかし歴戦の部隊、例えば第10旅団と第15旅団を吸収合併させて再編された第15師団(変則的な6個戦術機甲大隊基幹)や、古巣の第14師団に比べれば、実績と練度では敵わない。
故に、上陸第3陣。 第1陣と第2陣で突破と戦線の拡張を果たした後に、軌道降下兵団の降下エリアを確保する為の任務を帯びた、戦略予備部隊に指定された。

「そうか・・・奇遇と言うものね、私の大隊もウィスキー第3陣ですわ。 16大隊の後詰ですけれど」

「16・・・ああ、あの『武御雷』装備の部隊ね」

成程ね―――斯衛第16大隊指揮官は、確か五摂家の直系だと聞く。 いや、現当主だったかな? いずれにせよ蒼の色を纏う人物、もしもの事があってはならない、そう言う事か。

「大変ね、斯衛も・・・」

「・・・嫌味ですの?」

「ううん、正直な感想。 私だったら、無理」

―――そんな、時代錯誤な任務なんて。

喉まで出かかったその言葉を飲み込む、伊達少佐。 恐らく城内省上層部、斯衛軍司令部辺りはこの異色の斯衛軍指揮官に、万が一には身代わり散れ、そう命じたのだろう。

「・・・早々、簡単に散るつもりは、毛頭ありませんわ」

「・・・ん?」

昔の彼女を知る者なら違和感すら覚えたであろう、静かな言葉。 そしてその言葉の奥底に秘めた確固たる意志。 
それを感じ取った伊達少佐が、面白そうに新田少佐を見つめる。 そんな伊達少佐の視線を、自然に受け止めながら新田少佐はもう一度、静かな口調で言った。

「私は、私と部下達は、早々簡単に散るつもりは、毛頭ありませんわ。 私と部下達は、生きて還る。 この国と、人々が笑って暮らせる日の為に」

初めて出会ったのは―――93年の秋だったか。 『九−六作戦』の崩壊を辛うじて防いだあの年の秋、自分独り舞台を離れ、一時的に本土の試験部隊に転属になったあの頃。
そこで初めて知り合った、最初の印象は最悪だった。 何しろ、手に負えない一匹狼・・・いえ、一匹女狼。 それでいて、戦術機操縦技量は手に負えない程、上等だった。

(・・・あ〜、思い出してきた。 あの時って、やった事も無い突撃前衛をさせられて・・・この女のお守役を押し付けられたのよね〜・・・)

触れる者、全てを拒絶して、そして傷付ける様な手負いの女狼だった、新田冬華斯衛少尉。 そのエレメントを組む事になった、大陸派遣軍帰りの伊達愛姫陸軍少尉。
ぶつかって、衝突して、無視して、無視されて。 それが最初は軍務と諦めていたのが、何時だっただろうか、取っ組み合いの喧嘩になってしまったのは。
あの頃の新田冬華と言う女は、自分の殻に閉じ籠って、他の一切を拒絶していた。 自分の関わる者を拒絶し、自分から何かに関わる事を拒絶していた。 まるで怯える様に。
それが1989年の、制式派兵前の極秘派兵での出来事で深い心の傷を負った少女が、そのまま内心の成長を止めてしまったのだと、そう気付いたのは何時の頃だったか。

(『―――新田冬華! アンタの目は一体、何を見ているのよ!』)


確か、あの時私はそう叫びながら、取っ組みあって殴りながら叫んでいたっけ。 

(『―――誰が頼んだと言っているんだ。 貴様の援護などいらない、自分の身は自分で守る』)

(『―――本気で言っているんですか!? それ!』)

(『―――本気だ。 未熟な技量しか持たない貴様など足手まといだ。 余計なことはしなくていい』)

思い出して、思わず苦笑する。 今にして思っても、酷い言われようだ。 あの頃の自分は大陸派遣歴1年半。 『双極作戦』も『九−六作戦』も経験していたと言うのに。
確かに突撃前衛の経験は無かった。 それまではもっぱら、打撃支援や砲撃支援が専門のポジションだったし。 でも当時の広江中隊で、機動砲撃支援の経験は十分に積んでいた。

(『―――私に関わるな!』)

ああ・・・あの言葉が引き金だったっけね。 あの時確かに、新田冬華は援護を求めていた。 いや違う、『誰かに、背中に居て欲しい』と言っていた、そう感じたのだ。
それなのに・・・と言う訳だ。 気が付けば頭の中は沸騰して、興奮してしまっていて、思わず背後からタックルかましていて・・・我ながら、なんて青臭い青春をやっていたのか。

(・・・私は多分あの時、新田冬華と言う女の内心を知りたかったんだ。 違うかな? 内心を見せて欲しかったのだろうね)

長くコンビを組まずとも、自分のポジションをこなすには前の連中が何をしたいのか、どうして欲しいのか、直感的に判らなくてはこなせない部分が多い。
突撃前衛連中は総じて、戦術機の操縦技量に優れたものが多いけれど。 後衛の打撃支援や砲撃支援のポジションは、人の機敏を察するのに秀でた者が多いのだ。

「・・・あの時」

「え?」

「あの時よ、愛姫、貴女に殴られた翌日の実戦想定試験。 あの時、あの言葉が聞こえたわ」

「あの言葉?」

小首を傾げる伊達少佐に、新田少佐が静かに頷いて、そして再び離し始めた。

「・・・聞こえたわよ、『振り向かないなら・・・振り向かせてやる!』 ふふ・・・なんて、お節介な女かと思ったわ。 私は斯衛で、貴女は陸軍。
結局最後は、別々の道を進む者同士。 それがどうなのかしらね? 『別に03を抜いても良いですよね?』、あの声を聞いた時には、思わず頭が沸騰しかけたわよ、久しぶりに・・・」

「あ〜・・・そう言えば、言った気もする・・・」

思えば何て大胆な。 いくら実戦経験が有るとは言え、自分は支援が得意な衛士。 機動速度で、生粋の突撃前衛向きの斯衛軍衛士を抜かす、だなんてね。

「私はね、愛姫・・・あの言葉を耳にした時に、多分、貴女に負けていたのよ。 ああ、意味を間違えないで、言い換えれば・・・救われた」

「・・・なに? えらく殊勝ね?」

伊達少佐の言葉に、新田少佐が苦笑しながら静かに微笑む。 そんな表情も、昔からは信じられない程、精神的な余裕・・・広さと強さが感じられた。

「貴女がああして、私にしつこく絡んできたのは・・・貴女が無意識に、戦場では独りで生きていけない、そう実感していたからでしょう?
勿論、そのお節介な性格もあるでしょうね! でも、人は独りで生きてはいけない。 独りでは戦えない。 人は、人とは弱い存在だから・・・」

自分はかつて、その弱い存在の具現だった。 幼少から常に付き従ってくれていた己の半身を戦場で喪った。 その事実と喪失感に耐えきれず、己の殻に閉じこもった。
人とのかかわりを恐れた、もう2度とあんな喪失を味わいたく無い。 もう2度とあんな怖さを味わいたく無い。 まだ10代後半だった自分は、そうして殻に閉じこもってしまった。

「正直、イライラしたわ。 無性に腹立たしかった。 この女はどうして・・・どうしてここまで、人に関わるのか・・・どうして、放っておいてくれないのか。
私は弱かった、だからイラついて、イラついて・・・気が付けば、どうしようもなく酷い言葉を投げつけていたわ」

「まぁね・・・ホント、むかつく女だったわぁ〜・・・」

「ふふ、そう言うな。 覚えているか? 愛姫。 あの日、貴女が泣き叫びながら、再び私を殴りつけた、あの夜の事を?」

「うわぁ〜・・・恥かしいから、言わないでよ・・・」

「何故だ? 私は感謝しているのよ、あの夜の事に」

若き日の伊達少尉と新田少尉が、エレメントを組んで10数日を経たある日の夜。 またもや2人は派手な殴り合いを演じる事になったのだ。
昼間の訓練で日に日に、新田少尉の意を汲んで的確な支援を行う様になった伊達少尉に、新田少尉は言い知れぬ焦燥感を感じていた。 いや、それは恐怖だった。

―――これ以上、私の中に入ってくるな!

新田冬華少尉は、無意識の内心で、そう悲鳴を上げていたのだ。 いや、懇願だったかもしれない。 これ以上、私の中に入ってくるな。 あの恐怖と喪失を再び味わいたくない!
それなのに、この大陸派遣軍帰りの年下の陸軍少尉は、遠慮なく自分の中に入り込んで来る。 欲しいと思う場所に援護射撃が入る、自分の機動を見透かしたようにフォローする。
次第に、そう、次第にその援護を無意識に当てにする自分に気づいていた。 だから今まで以上に、無茶な戦闘機動をやらかしていた。

―――これで、どうなのよ!? 付いて来れないでしょう!?

それでも、伊達愛姫と言う名の、年下の陸軍少尉は喰らいついてきた。 そして日を追うごとに、的確な支援砲撃で新田冬華の戦闘機動を援護し続けた。
その姿は、忘れたかった人の面影を、思い出したく無かった人の気配を、否が応でも感じさせた。 その事が新田冬華を怯えさせた。

そして、あの夜のあの時がやって来た。

―――もう・・・もうこれ以上、私に関わるな! 私に構うな!

内心を覆う鎧は、まだ辛うじて形を留めていた。 そしてその言葉に、伊達愛姫は酷く傷ついた表情を見せ、そして・・・次の瞬間、顔を紅潮させて殴りかかって来たのだ。

―――新田冬華! アンタの目は! アンタの目は、何も見えていないの!? この臆病者! 独りよがり! アタシだって・・・アタシだってねぇ!

自分も、親しい親友を戦場で喪ったのだ。 新田冬華ほどの古い絆は無かったかもしれない。 そこまで付き合いの長い間柄では無かったのは事実だ。
しかしそれでも、共に戦い、共に笑い、共に泣き、共に恐怖し・・・共に乗り越えて来た、同期生の親しい親友をだ。 彼女は怯えていた、死を恐れた。 それでも戦い、散った。

―――私だってっ・・・! 私だって、楓を喪ったんだぁ! 私だってぇ・・・!!

馬乗りになって、大粒の涙をボロボロと零しながら、握り締めた拳を振り下ろす伊達少尉。 体格でも、体術の心得でも伊達少尉を凌駕する筈の新田少尉は、その姿に全く動けなかった。
私だって怖い。 私だってもう喪いたく無い。 私だって・・・私だって弱いんだ! でも、仕方ないじゃんか! 戦争は続くし、私達は生きなきゃいけないんだ!
私達が死んじゃったら、死んだ楓達はどうなんのよ!? 生きなきゃいけないじゃんか! そうでしょ!? そうでしょ! 言ってみなよっ、新田冬華ぁ!

「・・・人は、生きねばならない。 この世界は過酷で、残酷よ。 生きる為に、人との関わりを拒絶する事は出来ないわ。
そして生きる事・・・生き残る事は、死んで行った彼らが、死の瞬間まで切実に願った事・・・生きている私達がそれを拒絶する事は出来ない・・・」

そして人とは、独りで生きてはいけない。 人と人の、その関わりの中で助け、助けられて生きていけるのだから・・・

「私は、忍を喪った・・・でも、まだ生きているわ。 そう、彼女が生きる筈だった分まで・・・」

「もしかして、まだ、『自分に関わらなければ』なんて思っている? だったら、もう一発、お見舞いしても良いわよ?」

そんな事は、稲富斯衛中尉(殉職扱い)は望んでいない。

「・・・いいえ? 流石に、見かけによらぬ貴女の固い拳は、もうコリゴリよ。 私、あの後は青痣が、なかなか消えなかったのだから」

「ふぅん・・・なら、いいわ。 勘弁してあげる」

―――稲富中尉に免じてね。

―――そうして貰えると、助かるわ。

お互いに笑って、どちらともなく搭船作業中の戦術機を見上げた。 斯衛軍の『瑞鶴』だった。

「ねえ、冬華・・・アンタ、赤の家格でしょう? 今更『瑞鶴』も無いでしょうに。 確かに生産機数は少ないけれど、申請すれば『武御雷』を与えられるんじゃないの?」

「・・・詳しいわね?」

「私の親友の、双子の姉が斯衛の赤よ。 『武御雷』に搭乗しているわ」

「・・・16大隊では、ないな。 あの大隊で赤の『武御雷』は、月詠家の者だけだ。 年齢的にあわない」

「悪かったわね、おばさんで・・・神楽。 神楽緋紗斯衛少佐。 双子の妹は神楽緋色・・・現姓は宇賀神緋色陸軍少佐」

ああ、あの家の―――同じ赤の家格の武家で、同じく斯衛軍。 年齢的にも近い。 旧知なのだろう。 しばらく無言だったが、新田少佐がポツリと呟く様に言った。

「私の乗機は、『瑞鶴』よ。 部下達と同じ。 同じ機体で戦う、同じ機体で助け合う・・・同じ機体で、1機も欠けずに生きて還るわ―――それが、今の私」

その時の新田冬華斯衛少佐の横顔を、伊達愛姫陸軍少佐は喜びと、そして密かな誇らしい思いとで見つめていた。
そう、私達は知っている。 自分がどうしようもなく小さく、弱く、力無い者なのかを。 そして知っている、どれだけ辛くとも、信じ合って紡いでゆく心の強さを。


戦術機を見上げる2人の女性少佐の後ろから、1人の陸軍少佐が近づいてきた。 長身の男性少佐、胸元には衛士である事を示すウィングマーク。

「―――愛姫」

余程親しい間柄なのだろう、官姓名では無く、下の名前を呼び捨てだった。 振り返った伊達少佐が、少し怪訝な表情で相手の少佐に問いかける。

「圭介? どうしたのよ? 15師団はまだ先でしょう?」

第15師団―――ウィスキー部隊の上陸第1陣。 帝国陸軍中でも精鋭の名を冠する、歴戦部隊の様だった。

「途中でお前の副官に頼まれた。 『いい加減、大隊長に戻ってくるよう、言って下さい!』ってな。 部下を泣かせるんじゃないよ、お前ってば・・・」

「アンタが言うセリフ!? ったくぅ・・・」

いきなり見知らぬ相手と話し始めた伊達少佐に、新田少佐も流石に口を挟む事は出来ずに、眺めるしか無かった。 その視線に気づいた伊達少佐が、少しバツが悪そうに慌てて紹介する。

「あっ・・・と。 こっちは新田冬華斯衛少佐。 昔・・・93年の秋口から試験部隊に居た頃の、まあ、元同僚。 
今回、一緒のウィスキー部隊だって。 冬華、こっちは長門圭介陸軍少佐。 えっとさ・・・それでさ・・・」

途端に、言いにくそうに、気恥ずかしそうになる伊達少佐。 が、紹介された長門少佐はそんな事は気に留めず、新田少佐に敬礼を送って自己紹介をする。

「陸軍第15師団、第2戦術機甲大隊長、陸軍少佐、長門圭介。 見知りおきを、新田斯衛少佐」

「・・・斯衛軍、第18大隊指揮官、新田冬華斯衛少佐です。 伊達少佐とは旧知で・・・ところで長門少佐は、伊達少佐とはお親しい間柄ですの?」

その問いかけに長門少佐は、無言で伊達少佐を軽く睨みつける―――笑いを含みながら。

「親しい・・・そうですね、大変に親しい間柄、そう言っても過言ではないでしょう。 私達2人の間に、息子が1人居ますのでね」

長門少佐がそう言った時の、新田斯衛少佐の驚き様は・・・

「―――息子っ!? で、では愛姫・・・もとい、伊達少佐! 長門少佐は御夫君か!? それに、御子息も!?」

「あ・・・あ〜、うん・・・実は、そうなんだ、旦那なのね・・・息子も、1歳になっててさ・・・」

驚きのあまり、その琥珀色の瞳が大きく見開かれている。 が、しかし、それも束の間。 やがて大きく破顔すると、新田少佐は華やかな笑みで旧知の友を祝福した。

「ふふ・・・でしたら、帰還したら、御子息に何かプレゼントをお持ちしますわ、長門少佐。 いいな? 伊達少佐?」

「―――喜んで」

「・・・うげ・・・」

帝国の命運を担う一大作戦をまじかに控えながら、その埠頭には場違いな程、華やかな、そして心底から澄みきった様な笑い声が響いていた。









2001年12月25日 日本帝国 佐渡島


『―――戦線を押し上げる! 皆の者、続けぃ!』

次々と飛び立つ斯衛軍の最新鋭戦術機、『武御雷』の集団。 その姿を、未だ斯衛の数的主力戦術機である『瑞鶴』の管制ユニットで、新田冬華斯衛少佐は後方から見ていた。

(―――勢いのあるうちは良い。 でも、BETAのあの物量では如何な『武御雷』でも、押さえきれるものではないわ・・・)

ならば後詰たる我が大隊の果たすべき任は?―――決まった、第16大隊の左側面。 そこから圧力をかけつつあるBETA群。 あれを押さえると同時に、真野湾への回廊を維持する。

『―――“エッジ”リーダーより大隊全機に命ずる! エリアD3Sへ、WWN−55−25よりWN−57−36経由で要撃戦を仕掛ける!』

部下の『瑞鶴』全機が、一斉に主機を戦闘出力に上げるのが、周囲の轟音で判った。 宜しい、大変に宜しい。

『―――我が大隊の任は、第16大隊の側面援護! 及び、真野湾回廊の確保となる! 困難を伴うが、諸君なら為し得る筈だ! 大隊長はその事を信じている!』

『『『『―――応!』』』』

一斉に還ってくる、部下達の信頼感に満ちた声、声、声。 もう、迷う事は無い。

『―――宜しい! では、行くぞ! 斯衛第18大隊、全機出撃する!』

36機の『瑞鶴』は全機が一斉に噴射ユニットを吹かせ、水平噴射跳躍で極低高度を猛速で突き進む。 その姿を見ながら、新田冬華少佐は頼る者、頼れる者の大切さを噛み締めていた。
網膜スクリーンの戦術管制レーダーに、友軍部隊の情報が映し出される。 その中のひとつ、これから赴く戦場の近くに布陣する戦術機甲大隊の情報を確認した。

―――私は、独りでは無い。

レーダーに映る友軍戦術機甲大隊の輝点を見つめながら、新田冬華斯衛軍少佐は破顔し、そして改めて部下達を叱咤した。

「―――急げ! 友軍との合流を果たすぞ!」





その日、G弾20発分の炸裂で佐渡島が消滅したその瞬間。 斯衛第18大隊の所在は、最後まで知れなかった。








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