Muv−Luv 短編

「とある少女の復讐劇」









「サーシャ、まもなく射程に入るわ。準備して」

「ダー(了解)」

 後席で火器管制を務めるエレーナ・レベジェヴァ陸軍中尉の声に、サーシャ・クルプノヴァは短く答えた。

「目標まで90(9000m)、方位そのまま」

 綺麗なのに固く、冷たささせ感じさせる声。澄んだアルトも感情の色が無ければ、それは味気ないモノクロの絵と変わらない。
 炭素複合体で編まれた装甲材越しでも轟々と響く跳躍ユニットの爆音をBGMに、エレーナの報告は続く。

「レーダー探知。照準開始」

 跳躍ユニットの声に混じり、小鳥の囀りの様な電子音が小さく響き始める。

 いよいよだ。サーシャは、フっと小さく息を吐き出しながら、サイドスティックを僅かに倒した。
 傾く管制ユニット。強化装備に包まれた二人の肢体をプラスGが締め付ける。

「80・・・70・・・」

 エレーナの読み上げる数字が徐々に小さくなっていく。

 アビオニクスの更新に伴い、ブラ―ミャリサの操縦系は、精度も感度も全てが鋭く研ぎ澄まされていた。
 大パワーを完全に掌中に収めた鋼鉄の赤狐は、サーシャが脳裏に描くラインの上を寸分の狂いもなく駆けていく。

「50・・・サーシャ」

「分かってる」

 エレーナの呼びかけに、サーシャは叫ぶ様にして答えた。

 空の旅もいよいよ佳境に迫りつつあった。跳躍ユニットの音が高まりを増していく。残り時間は幾分もない。
 最後に自分の眼で・・・網膜投影装置に戦闘情報画面を呼び出し、バケモノ共の情報の確認を取りたかったが諦める。

―――信じているわよ。

 自分の仕事は、エレーナの言葉をただ信じてブラーミャリサを飛ばすだけと、迷いや恐怖を追いやりながら、サーシャは高速で流れていく大地を静かに睨みつけた。 

 一瞬の操作ミスが命取りとなる世界。高度計の表示は10メートルを切っていた。
 大地に口付けせんばかりの超低空飛行。今は飛ぶことだけに意識を集中させる。

『Mig31ブラーミャリサ』

「炎の狐」の名に相応しく、猛然と低空を疾駆する愛機の投射火力は、現在祖国が保有するどの戦術機よりも高い。

 問題の多かったMig25を改修することにより生まれたMig31は、操る衛士達から片道切符と忌み嫌われた核装備を取りやめ、高性能で知られる米帝のフェニックスナヤラケータを装備している。両肩に装備されたフェニックスナヤラケータの数は10発。この搭載量は本家であるFー14の6発を大きく上回っていた。

 F−14トムキャットが、1個中隊12機で旅団規模のETAを殲滅可能であると云うから、F−14の2倍近い搭載量を誇るMig31の火力が、いかに高いものなのかは誰にでも容易に想像できた。資本主義に堕落した猫なんかより、党理に生きる狐の方が強い。ギリっと奥歯が軋む。

 やっとここまで来た。いや、帰ってきたと云うべきなのか。違う。これから帰るのだ。祖国へ。愛すべき故郷へ。
 私達から空を、そして愛すべき故郷を奪ったBETA共を吹き飛ばす。サーシャは冷静に機体を操りながらも、湧きあがる怒りを抑えることが出来なかった。

 黒い情念が、少女の身体を支配していた。

―――奴らを叩く為なら、悪魔にだって魂を売れる。

 サーシャは、白い大地に広がる『沁み』を睨みつけながら、サイドスティックを握る自分の手に力が入るのを感じていた。

 人類を守る最後の刃?これはそんな大層なものじゃない。魔女が振るう大鎌だ。

 党員だからこそ与えられる最新鋭機。
 高度15mを時速600キロで疾駆する赤き翼は、サーシャが全てを投げ打って手に入れた想いの結晶とも云えた。

 信頼する友人達を蹴落とし、薄汚い上官や政治士官共に体を売る。
 やっとのことで手に入れたMig31は、BETAと戦う以前から幾多の同胞の血により真っ赤に染まっていた。

 無神論が基本である共産圏で悪魔とはおかしい話だが、神より悪魔より残酷なのは人間だ。
 親衛師団、共産党員のみで編成されたエリート部隊に、ウクライナの片田舎、農家の娘として生まれたサーシャのような者が配属されることは本来ありえぬことだった。

 人民は等しく平等であるはずの共産国家。理想は現実を、現実は諦観を呼ぶ。
 出発地点が異なる。党員や軍上層部、身分が高い家柄に生まれた者とサーシャとでは教育水準から違っていた。

 親衛隊員の証である赤いベレー帽を被るということは、甘いものではないのだ。

「それでも私は・・・」

 網膜に映し出される発射位置にを向け機体を跳ばすサーシャは、後席のエレーナに聞こえないようそっと囁いた。
 思い出されるのは焦土と化した故郷の姿。家族も友人も全てが灰となって消え失せた。
 
 バケモノ共め・・・失われた幸福な過去に、サーシャはぐっと唇をかみ締める。

 全てはBETAに復讐する為に・・・例え、仲間達から党の犬と蔑まれようとも、奴らに打ち勝つ力を欲した。
 蹂躙され、核の閃光に焼かれた故郷の姿が、サーシャの脳裏を過ぎった。 

「それでも私はここにいる」

 今度はこちらの番。Mig23やSuー27では不可能な圧倒的な力で、今度は私が奴らから奪い取る。

―――奴らが私から故郷を奪ったように・・・。

 咆哮する跳躍ユニット。赤き獣は、白銀の大地を駆ける。その背に復讐に燃える少女を乗せて。



 ソ連連邦陸軍第13親衛戦術機甲大隊所属サーシャ・クルプノヴァ中尉が、一つの復讐を成し遂げたのは、それから20秒後のことだった。
 光線級の迎撃を持ち前の低空侵攻能力と物量で突破したフェニックスミサイルが、その腹に抱えた小型弾子をBETA上空でばら撒いていく。
 
 戦場に降る鉄の驟雨。黒の情念は大地を覆うバケモノの群れを白光に染め上げた。






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